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定型ではない文章置き場

コンテンツの秘密とニコニコ動画 #1

「コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと」を読んだ。

物凄く面白い内容だった。しかし、一つだけ不満が残った。 それは、著者はニコニコ動画の創設者であるにもかかわらず、いかにもコンテンツやクリエイターの秘密がつまっていそうなニコニコ動画について、本書では一切触れられていなかったことだ。

副題が「ぼくがジブリで考えたこと」なので、ジブリと関係のないニコニコ動画が触れられていないのは当然と言えば当然かもしれないが。

ともかく、無くて不満なものは自分で作るしかない。 以下の文章では、"コンテンツの秘密"で解説されている内容に、古参ニコニコ動画ユーザーの自分の実感を当てはめるならば、ニコニコ動画はどう革新的だったのか、どういう歴史をたどって、今どういう状況にあるのかを説明してみたい。

ニコニコ動画で再現された遊び

ニコニコ動画の最大の特徴とはなんだろう?いったいなにが革新的だったのか?

もちろんそれは、動画にコメントを載せたことだろう。これはだいたいの人に同意されるところだと思う。

一応ながら補足すると、コメントとは大勢の人がよってたかって動画にテロップ風のテキストを載せることができるという、動画+コメントのシステムだ。

しかしシステムはあるだけで価値があるわけではない。革新的というのは、このシステムによって革新的に面白いコンテンツが生まれたということだろう。 では、そのコンテンツとはどういうものだったのだろうか?

「コンテンツの秘密」第一章にこんな節がある。

コンテンツとは現実の模倣(再現)である

この定義に従うならば、ニコニコ動画上のコンテンツとは、動画+コメントというシステムによって再現された、現実の何かだと言えそうだ。そして革新的だったという意味では、それはこのシステムでしか再現できないものだったと考えるべきだろう。

もうひとつコンテンツの秘密から引用したい。これは結びの文だ。

コンテンツとは、遊びをメディアに焼き付けたものである。

双方向性のあるゲームやネットサービスにおいては、再現されるものは単に「遊び」と言い換えられるという。

では、ニコニコ動画の動画+コメントというシステムによって、いったいどんな「遊び」が再現されたのだろうか?

異論はあるだろうがあえて大雑把に言ってしまえば、 動画+コメントのシステムによってのみ再現できるもので、キラーコンテンツと呼べるほど多くの人に受け入れられた遊びは、大まかには二つしかないと思う。

一つは、弾幕による合唱である。

弾幕とは、動画の中の特定のシーンに対して画面を覆い尽くすほど大量のコメントが付くことだ。この弾幕で現実の何が再現されているのか?それは、合唱だろう。音楽ライブで、盛り上がるサビのシーンで観客が全員で歌を叫ぶ、あの一体感の気持ちよさが見事に再現されている。 弾幕による合唱が最初どのように発生したのかと言うと、当時ネット上で流行していたネタである「粉雪」の動画が題材となったというのが通説だ。これは、明らかにニコニコ動画の動画+コメントのシステムでよってこそ再現できる遊びだ。例えば想像して見てほしいが、Youtubeのコメント欄で同じ遊びができるだろうか?

そしてもう一つは、空耳である。

空耳とは、歌の歌詞や外国語が、本来とは違う言葉に聞こえて、そのミスマッチに笑ってしまうあの現象だ。空耳のコンテンツ化でいうと、空耳を動画とテロップで再現している「空耳アワー」先駆者だが、ニコニコ動画ではそこにリアルタイムな双方向性が加わった。面白い空耳ワードを大勢でその場で見つけ、改良していくというライブ感のある遊びは、多くの人を惹き付けた。 ニコニコ動画において、最初に空耳遊びの面白さが決定的になった題材は、「ミュージカル『テニスの王子様』」の動画だろう。

蛇足として付け加えるなら、この空耳を発見するという遊びは、 フレーズのミスマッチの面白さの他にもうひとつ、遊びとして決定的に優れている要素がある。それは、独自の共通言語(スラング)を作りそれを共有する要素だ。 自分たちだけがわかる言葉を作りそれを共有することは、仲間意識・連帯感が高まり非常に気持ちが良い。また、利便性もある。特定の仲間意識をもった集団が、公共の場で敵味方を見分けるのに非常に便利なことだ。ネットスラングや若者言葉が流行するのも、同じようにこの2つの理由からだ。

空耳遊びで発見されたフレーズは、それ自体がそのコンテンツを体験した人だけが知る言葉でしかも強烈に印象に残る。まさに空耳はスラングの生成装置として、非常に優秀なのだ。

ともあれ、動画+コメントというシステムの上には、 こうして粉雪において弾幕が生まれ、テニミュにおいて空耳が生まれた。 そして、この弾幕と空耳、二つの遊びが同時にできることで爆発的にヒットし、初期ニコニコ動画の象徴となったコンテンツがある。 それが、「新・豪血寺一族 -煩悩解放 - レッツゴー!陰陽師」である。

「どーまん!せーまん!」の弾幕が画面を埋め尽くし、「カバ君の力ではどうしようもできない」「徹子!」の空耳に腹を抱える。 レッツゴー陰陽師の登場で、ニコニコ動画での弾幕・空耳の面白さは、さらに多くの人にとって決定的になった。

もちろん、動画+コメントのシステムによって生まれた遊びは、 組曲ニコニコ動画で大成を見た「コメントアート」や、初期に見られた「あるあるorねーよシリーズ」など、無数にある。

しかしあえて弾幕と空耳だけだと言い切ったのは、誕生から9年が経とうというニコニコ動画において 現役に生き残っている、つまりいまだに多くのユーザーに支持されキラーコンテンツでありつづけている、動画+コメントでしかできない遊びがこの2つだけだからだ。

初期からのニコニコ動画ユーザーがいれば尋ねたいが、 あなたにとって、今現在のニコ動で最も楽しいと思えるコンテンツはなんだろうか?

おそらく、公式のアニメ配信を上げる人は多いのではないだろうか。いや、どうせアニメが好きだろうとかいう話ではない。アニメのオープニング曲が流れている時間のことだ。

公式アニメのオープニングソングでは、配信開始直後から空耳が試行錯誤され、3話になるころにはすっかり定番のフレーズができあがり、それを皆でコメントし、弾幕を発生させている。いまやここだけが初期のコメント遊びが現役な場所なのである。※実際にはコメント遊びが主流である一部のアンダーグラウンドなジャンルもあるが、ここでは割愛する。

2014年にニコニコ動画に投稿された動画のなかで最も再生された動画は、 ニコ動で一番人気があると言っていいいゲーム実況者の数年ぶりの新作だったが、 2位はアニメ「ご注文はうさぎですか?第一羽」であり、その再生数は2015年8月現在では488万再生だ。異常に見える再生数や、この主のアニメを転々とするユーザーが「難民」とよばれる理由は、ここでしかできない遊びがあることが大きな要因だろう。

話をまとめると、ニコニコ動画では最初に、独自のシステムでしか実現できない、弾幕と空耳という遊びが大ヒットを見せた。 そして、今現在のニコニコ動画でも、これらは特にアニメのオープニング曲において支持されている。 しかし付け加えると、動画ランキングを見るとその他のコメント遊びができるコンテンツではなくゲーム実況が大流行しており、そしてゲーム実況はニコニコ動画独自の遊びというわけではなく、Youtubeでも流行っているものだ。

これをどう捉えるべきだろうか。 いったいこの9年で何が起こったのだろうか。 それを説明するには、コンテンツの秘密で示されている内容を、もう少し詳しく紹介する必要がある。

<続く>